J. of Taroten

書評：成田悠輔 著(2025)「22世紀の資本主義」文春新書(C6面:書評, 2025.2.27)

本書ではお金のない未来を想定

　欲望のままに蓄財することであったり，貧富の差であったり，そうした資本主義の矛盾や不幸が，お金で決済しない社会の到来によって解決するという感じの本である。本書で提案する社会は「能力に応じてはたらき，必要に応じて報酬を得る」社会で，共産主義社会に近いもののようである。ただ，本書が目指すのは，共産主義社会における国家権力による配分ではなく，情報がさまざまに蓄積され，瞬時に演算されることで，自動的に配分が実施される社会のようです。

大学や会社のような仕事場の内部は，いまも資本主義ではない

　「お金がない社会なんて考えられない」という人への説明として，「いまも会社のなかでは，能力に応じて仕事をし，必要に応じて給料が与えられている」と本書は説明しています。会社の外と取引するときにだけ，お金が必要になるというのです。確かに，大学でも，能力のありそうな教員・職員には，多様な仕事が与えられ，必要のある人には扶養手当や通勤手当として多く分配されています。つまり「能力に応じてはたらき，必要に応じて報酬を得る」共産主義社会が成立しています。もちろん，売り上げといったわかりやすい評価指標のない大学の教員や職員には，成果主義給与を導入してもデメリットが目立つとも言われているので，たろてんが大学の人だからその説明で納得するのであって，共産主義社会が成立していない会社もあるかも知れません。

ポイントを貯めたらいいことがある社会

　「いまもお金があればどんなサービスも受け取ることができるわけではない」と本書は言います。本書が夢想するのは，各種のポイントサービスのようなものに読めました。つまり，いろいろな徳を積むことができた人が，特典を得ることができるポイントサービスと同じで，その人のこれまでの働きの情報が蓄積され，演算され，サービスと交換される社会です。ものやサービスに不変の金銭価値があるのではなく，購入する人に依存して，ものやサービスの価格に差ができ(本書では「一物多価化」と呼んでいる)，やがて，お金が無意味になると言っているようです。

労働の必要性は低下したが，情報化による生産性の向上は小さい

　ただ，お金の要らない社会へ移行するためには，労働の必要性が低下している必要があるようです。本書では，「生命を維持するために必要な食料と交換するための労働時間は第一次産業革命や第二次産業革命で激減した」という一方で，「ウェブが発達したこの20年の情報化による生産性の向上はわずかである」としています。その理由として，「会計処理をエクセルでやり，ZOOMで会議をして無駄を省いた半面，Xで罵り合い，インスタでマウントをとって，オンライン会議中も関係ないページを見たりして，新しい無駄を作った」としています。

勉強のし過ぎで頭がおかしくなったか

　たろてんの感想として，ポイント(本書では「アートークン」と命名)の獲得や交換のしくみをみんなが納得できるのか心配です。もちろん，現在でも，お金による欲望の配分メカニズムに納得して，現状で，みんながお金を使っているのではないことは理解できます。でも，「こういう労働が望ましい」「こういう消費は望ましくない」というしくみが本当に情報の蓄積と演算だけで実現できるのか，本書で十分に説明されていないようです。しくみを人が恣意的に作成すると，1970年代の社会主義国の停滞と同じことが生じます。まとめると，確かに，お金の要らない時代が来るかもしれないが，当面は，この本の著者のことを「勉強のし過ぎで頭がおかしくなったか」くらいに考えておいて大丈夫と思います。